武田コロイドテクノ・コンサルティング株式会社

第9回 Schulze-Hardyの経験則:DLVO理論の成功とDLとVOの先陣争い

コロイド分散系に電解質を加え濃度を上げていくと、ある濃度Ccr(臨界凝集濃度)で急激に凝集が起きる。種々の系についてCcrを実測した結果、Ccrは電解質の対イオンの価数zの6乗に反比例することがわかった(Schulze-Hardyの経験則)。しかし、イオン強度の式からは、価数zのイオンの強さはz2に比例するから、Ccrはz2に反比例することが予想される。したがって、この経験則を理論的に予測することは困難であると考えられていたが、DLVO理論は見事に説明した。DLVO理論では、粒子間相互作用のポテンシャル曲線V(H) (第8回 (1)式)の山が濃度Ccrで消える、すなわち、極大値Vmaxがゼロになると考える。その結果、



が得られる。DLVO理論は表面電位ψoの高い粒子を対象にしている。この場合、γ = tanh(zeψo/kT) ≒ 1であるから (1)式より直ちにCcr ∝ 1/z6が導かれる。Derjaguin - Landauの原著(第1回文献3)のタイトルにも"強く帯電した"粒子とある。 一方、ψoが低いときはγzeψo/kTとなりCcr ∝ 1/z2となり、Schulze-Hardyの経験則は説明できない。結局、コロイド粒子間静電相互作用を支配する表面電位は表面電位そのものではなく見かけの表面電位(第5回)であり、この電位には上限がある(γ が1に飽和するため)ことがDLVO理論の成功の鍵になった。なお、(1)式は対称型電解質を仮定しているが、凝集を支配するイオンは対イオンであって副イオンは重要でないと考えられるので、対称型電解質の仮定は良い近似である。

(1)式を導くために、ロシア(旧ソ連)とオランダのグループが先陣争いをしていたが、1941年にロシアのDerjaguinとLandau (DL) が (1)式を導いた(第1回文献3)。7年後の1948年にオランダのVerweyとOverbeek (VO) は第二次世界大戦中のためにDLの成功を知らずに本(第1回文献4)を出版し、その中で(1)式を導いた。戦後になって、VOはDLのプライオリティを認めた1)。しかし、両グループがともにこの問題の解決に大きな功績があったことから、DLVO理論と呼ばれる。

ここで、気になることがある。Derjaguinとともに併記されるLandauは後にも先にも1941年のDerjaguinとの共著論文がたった一つあるにもかかわらず、DLVOに名を連ねている。Landauは20世紀を代表する大物理学者の一人で、液体ヘリウムの研究でノーベル賞を受賞し、Lifshitzとの共著は物理の標準教科書として世界中で読まれている。とはいうものの、この分野で多数の論文を発表しているDerjaguinと共著論文一つのDerjaguinが併記されるのはなぜか。

その答えはDerjaguinの回顧録にある2)。1939年、モスクワにある科学アカデミー物理問題研究所で理論物理部長のLandauが主催するカピッツァコロキウムにおけるエピソードである。Landauの前でDerjaguinが表面電位が低い場合のコロイド安定性理論について報告した。前述のように、表面電位が低い場合の理論ではSchulze - Hardyの経験則を説明できない。この報告にLandauは関心をもち、「表面電位が高い場合の静電相互作用の式を導いて、それで計算したらどうか」と助言した。こうしてDerjaguinとLandauの共同研究が始まり、2年後の1941年に粒子の表面電位が高い場合の静電相互作用の式を導いた。その結果、Landauの予想が当たり、VOに7年も先んじてSchulze - Hardyの経験則を理論的に導出した。このように、Landauの助言は極めて重要で、論文一つのみでDLVOに名を連ねても当然といえる。



【文献】

  1. B.V. Derjaguin, A Theory of the Heterocoagulation, Interaction and Adhesion of Dissimilar Particles in Solutions of Electrolytes. Discuss. Faraday Soc. 18, 85-98 (1954) および E.J.W. Verwey, J.Th.G. Overbeek, B.V. Derjaguin, et. al., General Discussion. Discuss. Faraday Soc. 18, 180-228 (1954)
  2. B.V. Derjaguin, This Week’s Citation Classic, CC/Number 32, August 10, 1987.